中世ヨーロッパの街並みを訪ねて…ベルン旧市街(スイス🇨🇭)

スイスの首都・ベルンの旧市街は、15世紀末に造られた中世の街並みが今でもしっかりと残っている。残っている…というより絶え間ない努力によって残されている、というのが正しいような感じがする。

この街は、ツェーリンゲン公ベルヒトルド5世が、当時サヴォイ家との戦いの守備基地にしようと、街を造ったことから始まった。1405年の大火で燃えた後再建され、その後2度の世界大戦でもスイスが中立国だったことから戦場にはならなかった。そうして現在まで美しい街並みが残り、いまでは世界遺産にも登録されているスイスの一大観光地だ。筆者も心から、また来れる日を願って。

牢獄塔の下をくぐる路面電車

参考:地球の歩き方A18スイス

国際夜行列車ナイトジェットの旅 ベネチア→ウィーン (イタリア🇮🇹→オーストリア🇦🇹)

2022年9月、ヨーロッパを鉄道で巡るたびに出ていた最中、ベネチアからウィーンへの移動手段として夜行列車ナイトジェットを利用した。これはそのときの記録だ。

オーストリア連邦鉄道OBBが運営するナイトジェットは、ベネチアーウィーン間だけでなく、ミラノ、ローマ、フィレンツェ、チューリヒ、フランクフルト、ベルリンなど、オーストリアを中心に近隣国の大都市を多くカバーしている。何と言ってもそのメリットは、移動と宿泊を兼ねる点だ。列車に乗り込み出発、寝て起きたら目的地に到着する。時間を効率的に使えるため、少ない時間でたくさんの都市を巡りたい筆者のような旅行者には特に嬉しい。

筆者が利用したのはVenezia S.Lucia(ベネチア・サンタルチア)21:49発ーWien HBF(ウィーン中央)7:58着のナイトジェット。列車は、ベネチア・サンタルチア駅を定刻に出発。筆者は、1番値段の安い2等座席(6人用個室)を使用したが、顔立ちが綺麗な親子3人と同室だった。聞けば、ウクライナ出身だという。座席を倒してフルフラットに出来ることなど、色々親切に教えてくれた。自分は日本から来たと言い、折り鶴を折ってみせると、オリガミだ!と喜んでくれた。こういう異文化間の交流もまた、旅の醍醐味だ。

しばらくすると車掌さんが検札に来た。筆者は、連邦鉄道OBBの公式サイトで列車予約し、メールで受信したeチケットを印刷したものを見せたら問題なかった。イタリアに限らずヨーロッパの列車では検札の際にスマホの画面を見せてる乗客が多かったし、発行されたeチケットにも2次元コードがしっかり載っていたので、実際は印刷までしてこなくても問題なかったかもしれない。しかし、万が一スマホを失くしたり、使えなかったときのために、eチケットは印刷しておくのがベターだろう。ひとり旅では、あらゆるトラブルに備えるのが鉄則だ。

オーストリア連邦鉄道から送られてきたeチケット。メールのURLからPDF形式でダウンロードできる。オーストリアの公用語はドイツ語だが、公式予約サイトでは英語にも対応している。日本語には対応していないが、シンプルで見やすいので問題なく利用できた。列車・等級・座席タイプなどを選択し、名前・メールアドレス・クレジット情報などを入力するだけなので難しいことはない。料金は49ユーロで、日本円で約7000円くらいだ。安い。国家間を夜行で移動してこれは安過ぎる。

列車はアドリア海にかけられた橋を渡ると、イタリア本土を北に進む。驚いたのは、振動が本当に小さい。機関車が客車を牽引する「客車列車」だと、ここまで静かなのだと、本当に驚く。現在の日本の旅客列車は、一般的な電車のような「動力分散方式(編成の多くの車両が駆動する方式)」の列車がほとんどで、それらは客室のすぐ下でモーターが唸るため、振動や騒音を抑えるのに限界がある。しかし、客車列車は、動力を牽引する機関車に集中させているので、客室は静かに保たれる。お陰様で、ぐっすり寝ることができ、疲れもしっかりとれた。快適すぎて早くにぐっすり寝てしまった。

夜が明け、明るくなった頃、外を見るとザルツブルク中央駅で停車していた。ウィーンまではまだ2時間ほどあるので、ゆっくりオーストリアの景色を楽しむことにした。しばらくして、リンツ駅に到着すると、ウクライナの家族はさよなら!と元気な挨拶を交わし下車していった。そうして、間も無く列車は終点・ウィーン中央駅に到着。疲れも取れ、楽しく快適な旅はあっという間だった。最近、ヨーロッパでは夜行列車の利便性が再認識され、路線網を拡大しようという動きもある。今後もヨーロッパ旅行の際はナイトジェットをぜひ利用したい。

水の都・ベネチア(イタリア🇮🇹)

2022年9月、ヨーロッパを鉄道で巡る旅の途中、イタリア北部、アドリア海に浮かぶ水の都・ベネチアに訪れた。

街並みが水面に映る光景はとても神秘的で、街そのものがひとつの神殿であるかのように錯覚させられる。縦横無尽に張り巡らされた運河を小さな舟が徘徊する光景はここでしか見られない。ベネチアに住む人の足は、バスでも鉄道でもなく、船だ。近年は高波による浸水被害に悩まされることもしばしば。

神戸布引ハーブ園

兵庫県神戸市・新神戸駅の裏には心安らぐハーブ園がある。多種多様な花・ハーブ・観葉植物が栽培されており、山頂からは神戸市が一望できる人気の観光スポットだ。

姫路城と名物えきそば

2022年9月、中学3年生ぶりに姫路に訪れ、世界遺産の姫路城を見物した。

まずは姫路駅で名物のえきそばを食べる。蕎麦粉を使った一般的なそばとは違い、中華麺を使用したそばであるところが独特だ。あっさりしているが筆者には好みの味だった。

空腹も満たされたところで世界遺産の姫路城を見に行く。池田輝政にゆかりがあることで有名だが、他にも歴代城主には多くの歴史的偉人が名を連ねる。訪れるのは2度目だが、その圧倒的な大きさだけでなく、木造建築としての精巧さにも驚く。

世界一の急勾配鉄道!ピラトゥス登山鉄道(スイス🇨🇭)

2022年9月、筆者はヨーロッパを鉄道で巡る旅に出ていた。途中スイスを訪れた際、ピラトゥス登山鉄道に乗車した。133年の歴史を持つこの鉄道は、世界最急勾配の鉄道という称号をもち、その最大傾斜角は48%(480パーミル)にもなる。日本の鉄道における最急勾配は、大井川鐵道の90パーミルであることからも、この鉄道の凄さが分かる。

この鉄道の起点は、ルツェルンから普通列車で20分ほど西に進んだところにあるアルプナッハシュタット駅。急行列車は停車しない、静かで落ち着いた駅だ。

列車は、麓の駅をゆっくり出発すると、モーターの唸りが聞こえる。見た目はケーブルカーっぽいが、あくまで「電車」であり、ケーブルカーではない。車両は搭載されたモーターにより駆動する。左右のレールの間にはラックレールがあり、2つの歯車を組み合わせた特殊な形状をしている。この方式は「ロッハー式」と呼ばれる非常に珍しい方式だ。列車はゆっくりと、着実に標高を上げていく。緑生い茂る森林を抜け、森林限界を過ぎると、車窓は雪景色に変わる。列車と周りの景色を遮る木々がないため、山肌とそれを覆う雪はとてつもない迫力で、自分がすごく小さな存在に感じて不思議な感じだ。頂上には、レストランや展望台があるが、その日は曇っていた。頂上へはロープウェイでも訪れることができる。

世界一の急勾配鉄道でゆくピラトゥス山は133年、そしてこれからも人々の心を魅了してゆく。

SLやまぐち号で山陰の小京都・津和野へ

 JR西日本が運転している「SLやまぐち号」は、山口県山口市の新山口駅から、島根県津和野町の津和野駅までを結んでおり、運転日には多くの観光客で賑わいを見せる。筆者が乗車した2022年4月時点では、牽引機はD51200号機。日本で最も多く製造された型であり、かつては貨物・旅客のいずれにおいても華々しい活躍をみせた。特に200号機は、筆者が幼い頃には出身地・京都の梅小路蒸気機関車館(現:京都鉄道博物館)で動態保存されていたこともあり、馴染み深い車両が営業列車として復活した姿にはとても感慨深いものがあった。

新山口を出発した山口号は、市街地を豪快に突き抜け、湯田温泉に停まり、県庁所在地の駅、山口へ。山口を過ぎると、風景は市街地から田園へ変わる。満開の桜に迎えられながら、力強く坂を登る。沿線では、手を振ってくれる人や撮り鉄の姿も。この列車がいかに愛されてきたかがよくわかる光景だ。何度も汽笛を鳴らし、列車はついに、津和野に至る。

富山行き特急ひだの存在意義

 JR高山本線の特急ひだ号は、中京圏から飛騨・高山方面へのアクセスを担い、果ては北陸、富山までの区間で運行されている。しかし、全10.5往復のうち、富山までやって来る列車は4往復のみ。それは一体何故か?

飛騨・高山は、観光地として人気のスポットであり、需要も比較的多い。名古屋からは2時間半ほどで行くことができるが、富山までは、4時間かかる。これでは、特急しらさぎ号と北陸新幹線を金沢で乗り継ぐルートの方が30分ほど早く、本数も多いため、そちらを利用する客の方が多そうだ。名古屋から米原までも東海道新幹線を利用すれば、さらに所要時間は短縮できる。

 この区間は高速バスも多く運行されているが、バスの狭い座席でパソコンを広げたり、仕事をするのは難しく、車内の居住性は特急列車には及ばないだろう。また、「乗り換えなし」のメリットも大きい。単純な速さや安さだけではない、唯一無二のメリットを追求し、これからも誇らしく走り続けてもらいたい。

2021年6月25日 名古屋駅にて